らでぃっしゅぼーやの営業チームに、ある電話がかかってきたらしい。
その前に、とあるテレビ番組で、青山のトマト専門店、「セレブデトマト」についての放映があり、あるおじいちゃんが、そのテレビ局に電話。
「戦後10年くらいにあったトマトで、甘さは少なく青臭いが、とてもトマトらしい味のトマトがあった。
生きているうちにまたあのトマトを食べたいが、何というトマトか知りたい。」
という電話だったようだ。
そして、そのテレビ局には知っている人がいないので、テレビ局は、「らでぃっしゅぼーやならわかるかも」と、紹介されたのだった。
そして、おじいさんは、らでぃっしゅぼーやに電話をしてきたのだった。
電話を受けた営業スタッフから、たらい回しになって、結局、僕に回ってきた。
僕「それじゃいくらなんでもわからない。ヒントが無いと。おじいさんが住んでた場所はどこかな?」
営業スタッフがおじいちゃんに聞き、広島県とわかった。
広島県には、ちょうど、ジーンバンクと言う、遺伝子保存のための施設があり、野菜の種なども保存している。
そこなら、昔の広島の野菜に詳しいはず。というわけで電話。
僕は、おじいさんの言っているのはファーストトマトの事かなあ、と想像していた。
僕「広島に、当時、ファーストトマトとかって、あったんですかね?」
担当者「あるにはあったけど、ファーストは甘いからねえ。青臭いっていうと、『福寿』か『米寿』かも。タキイ種苗の種だったはずだよ。」
園芸試験場とか、こういうところの人は、概ね、聞くととても懇切丁寧に教えてくれる。
らでぃっしゅぼーやの農家は、さすがにこんな古い、一般受けしなさすぎる味の品種は作っていない。
タキイ種苗に連絡してみる。
すると、「種ありますよ。販売できます」との事。
おじいさんには、「そのトマトは、『福寿』か『米寿』と思われます。残念ながら、福寿、米寿は作っている農家がいません。種は入手できるようなので、ご自分で栽培されたらどうでしょう?」
という答えしかできなかった。
しかし、おじいさんが「生きている間に、食べてみたい」と言っていたので、ひょっとして、このおじいさん、明日をもしれないような命なのではないだろうか?!
と思っていたのだが、営業スタッフがこの件伝えると、喜んでくれたそうで、「じゃあ、ワタシ、種を買って自分で栽培してみます!!!」
との事だった。おじいさん、元気だったのね・・・。
さあ、このおじいさん、幻のトマト、米寿、福寿の栽培に成功するでしょうかあ?!!!
この栽培が生きがいになれば、このおじいちゃん、米寿を超えて長生きする事でありましょう。